応用の難しさとは?
では、応用する上での難しさはどこにあるのでしょうか?
微小液滴のデジタル制御技術を用いた製品化を行う上で、多くの開発者が苦労している一番のハードルは、信頼性の確保です。
もちろん、目的とする内容や使用する技術によってハードルの高さは異なります。
しかし、微小液滴を大量に高速に制御できる技術であるほど様々なパラメータが液滴生成過程に影響を与えます。
また、生成された液滴が基板に着滴してから、乾燥するまでの挙動も液物性の影響や基板状態の影響を大きく受けます。
微小液滴でかつ高速な現象のため、何が信頼性を落としているか、原因を明確に把握することが難しいことも応用の難しさの要因として挙げられます。
これらに対応するためには、技術の原理を十分に把握すると同時に、課題を早期に発見し原因把握を助ける、観察系の用意が重要であると考えます。
液滴制御技術を用いた応用
微小液滴デジタル制御技術の応用に関して紹介します。
カラープリンターとの違い
微小液滴デジタル制御技術の成功した応用例として、真っ先に挙げられる例はインクジェットプリンター(カラープリンター)です。
パソコンの普及とともに広がったインクジェットプリンターは1台数万円の価格で世界中で販売されています。
インクジェットプリンターの成功例から、特にピエゾ方式やサーマル方式による液滴制御技術は応用しやすい完成された技術として捉えられてしまう場合があります。
世界で約1億台も販売されているインクジェットプリンターですが、ミスのない完璧な技術ではありません。
実は印刷中に液が吐出しない不吐出ノズルが混在した状態で印刷を行っています。
複数のドット(A4一枚を全面印刷した場合のドット数は数千万~数億ドット)から印刷物を構成するため、数%のノズル抜けがあったとしても、なかなか人の目ではわかりません。
人の目でわかる程度の不吐出ノズルが発生する前に、クリーニングという吐出状態を回復させる動作を行い、状態の回復を行っています。
このように多少の不具合が許容される用途で、かつ不具合が拡大しないようなケアを高頻度で行うことでカラープリンターは商品として成立していると言えます。
液滴制御技術の応用を検討する場合は、どこまでのミスが許容される用途かを把握しておくことが重要です。特に、液滴制御技術としてインクジェット技術を応用する場合、許容される不具合程度によっては難易度が非常に高くなります。
実用化されている応用例
ここでは3D造形やカラー画像印刷以外の分野で実用化されている微小液滴デジタル制御技術の応用例に関して紹介します。
液晶配向膜の作製
液滴制御技術:
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ピエゾインクジェット
技術適用内容:
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ピエゾインクジェットヘッドによる液晶配向剤印刷による薄膜作製
技術採用のメリット:
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大面積基板への対応(インクジェットヘッドスキャンと連結による大型化対応)
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マスクレス(デジタル印刷)
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薄膜形成(インクジェット微小液滴による薄膜塗布)
実施内容の説明:
ピエゾ式インクジェット技術は、数~数100plの液滴をノズルからオンデマンドで滴下する技術です。印刷解像度に応じて、数~数10μmのウェットな膜を形成することができます。
配向膜の形成にいおいては、濡れ性の良い配向剤を用いることで、薄膜をインクジェットで作製しています。その後、乾燥過程を制御することで溶質濃度(vol%)に応じた溶質膜を形成しています。
(例)
80plの液滴を200dpiで印刷して薄膜を形成した場合、ウェットな薄膜は約5μmの厚みを形成します。溶質濃度が約2 vol%であった場合、乾燥過程を制御することで約0.1μmの溶質膜を形成することが可能です。
主な装置メーカー:
錠剤造形
液滴制御技術:
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ピエゾインクジェット
技術適用内容:
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ピエゾインクジェットヘッドによるバインダー塗布
技術採用のメリット:
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製造時間の短縮
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デジタル印刷(サイズの任意調整)
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非接触塗布(粉体へのバインダー注入)
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急速崩壊
実施内容の説明:
薬粉体に対して、粉体を結合させるバインダー(のり)をインクジェット法により滴下する。
層状に粉体の積層とバインダー塗布を繰り返すことで、錠剤を作製しています。
作製した錠剤の結合は強固でないため、ごく少量の水で急速に崩壊する特徴を有しています。
主な装置メーカー:
造形した錠剤(出典:APRECIA HP)
APRECIA社の錠剤造形工程説明動画
携帯機器のアンテナ形成
液滴制御技術:
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エアロゾルジェット
技術適用内容:
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エアロゾルジェットによる金属インクの塗布
技術採用のメリット:
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ノズルと基板とのギャップが広く、任意形状に対応
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デジタル印刷
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生産コストの低下
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生産性の高さ
実施内容の説明:
金属ナノインクをエアロゾルジェット法により塗布することで、携帯機器のアンテナを形成しています。エアロゾルジェット法は、基板とヘッドとの距離が広く、かつ先端が細い形状であるため、基板の形状に依存せずに様々な基板に高速で印刷することができています。
主な装置メーカー:
印刷したアンテナ(出典:Optomec HP)
Optomec社のエアロゾルジェットによるアンテナ作製紹介動画
適した技術方式を選ぶには?
これまで紹介した通り、各技術ごとに特徴があります。
選ぶ技術と目的との相性次第で、その後の開発ハードルが大きく異なります。
そのため、どのような技術を選ぶかは非常に重要です。
開示されている技術情報、仕様書をもとに目標を達成しやすそうな技術を選ぶ。この方法は推奨できない方法です。
技術を産業応用する上で重要な点は、信頼性の確保です。そして、どの技術資料にも、信頼性に関する情報は記載されていません。
微小液滴を制御する液滴制御技術の場合、使う液種や使う環境に応じて、信頼性が大きく異なります。そのため、どの技術ならばどの程度の信頼性確保における課題があるかを含めて、どの技術が適しているかを判断することが重要になってきます。
では、どのような進め方が良いのでしょうか?
まずは、液体デジタル制御技術の詳しい会社や人に意見を求めることだと思います。
各方式に対して実用性を検討しながら進めていく方法は、非常にコストがかかる方法です。
10数年前に比べてネット上で多くの情報を得やすくなりました。それと同時に多くのシェアビジネスや各公共機関によるサポート体制が整いつつあります。しかし、実際にトライしてみないとわからない課題や技術ごとの特徴が多くあるのも事実です。
ですので、詳しい会社に相談しつつ、実際に短期の検証を繰り返して正確なハードルを把握していく方法が最も推奨する方法です。
インクジェットヘッドはどれも同じ?
最も盛んに産業応用が進められている液滴制御技術は、ピエゾ式インクジェット技術です。この技術の核となるインクジェットヘッドは、産業用のインクジェットヘッドとして販売されています。
世界で約10のヘッドメーカーがヘッドを販売しており、各メーカーに様々な仕様のヘッドが存在しています。
仕様だけを比較すると、各メーカーのヘッドスペックはどのメーカーも似た値です。
では、どのヘッドメーカーのヘッドを選択するかは重要ではないのでしょうか?
実は、ヘッドメーカーごとに、そして同じメーカーのヘッドでもタイプごとに特徴が大きく異なります。この特徴を把握せずに仕様書の情報だけからヘッドを選択してしまうことは危険です。このような進め方をしてしまうと、開発が進んだ時点でヘッドとの不適合が発覚し、ヘッドを選びなおすことになりかねません。
まずは、ヘッドメーカーごとに特徴があり、インクジェットヘッドはどれも異なり、目的に合ったヘッドを選ぶこと必要があると知ることが重要です。
ヘッドメーカーごとの特徴、差異は実は多くあります。
仕様書だけでは、わからないメーカーごとの違いの一つが耐液性です。
実は、ヘッドメーカーごとに得意とするヘッドの構造や用いている部材が異なります。
そのため、あるヘッドメーカーのヘッドを用いると1週間でヘッドが壊れるが、あるヘッドメーカーのヘッドを用いると数年使っても壊れないといった事態が発生します。
部材の違いは、壊れる、壊れないといった大きな変化の他に、液滴生成の長期安定性のしやすさ、しにくさにも関連してきます。
このような違いを把握するための一般的な方法の一つは、マテコンキット(マテリアルコンパビリティーキット)を用いた耐液試験です。まず大きな課題を判別するために、各ヘッドメーカーが提供しているマテコンキット(インクジェットヘッドの構成部材)を用いて耐液性の評価を行います。ただし、マテコンキットで判別できる課題は、大きな課題のみですので、マテコンキットによる耐液試験の他に、実際にインクジェットヘッドを用いた長期運用試験を行い、各液とインクジェットヘッドとの適性を見ていくことになります。